北ノ庄城発掘!

北ノ庄城跡発掘現場を見てみましょう

 本丸が現在の柴田神社付近であることはほぼ間違いないと考えられています。但し、現在も継続されている柴田神社の発掘調査は、あくまで福井城遺構の発掘が主で、直接北ノ庄城の発掘を目的としたものではない。しかし、市民の関心は、北ノ庄城本丸の遺構が出現するかどうかに集まっているのが実情です。

 北の庄城の遺構としては、これまで、平成6年に北陸銀行福井支店の建替えに際して、偶然南北に走る堀跡と石垣の一部が見つかったことがあります。
 記録や絵図と照らすと、同地区は江戸時代武家屋敷地で、一度も濠などが掘られた記録が無いことから、北の庄城の遺構と見るのが有力な意見ですが、確定はされていません。

 さて柴田神社の発掘ですが、平成5年から始まり、数度の発掘を経ており、平成8年の発掘で、江戸時代の生活面の下に、それ以前の堀と石垣の根の部分が見つかっています。
 平成10年の発掘では、その堀幅は25mと確認されて下層堀と下層石垣は、ほぼ北ノ庄城遺構と確認されました。(上段の写真2枚)

 平成12年5月には、柴田勝家が築いた北ノ庄城の笏谷石を使った石垣遺構が発見されています。青光して、とても420年前から目が覚めたとは思えない鮮やかさの笏谷石による石垣と排水施設です。(写真中段の2枚)
 

 

柴田神社発掘
  (江戸期以前の堀跡 H10年調査)   
柴田神社発掘
  (江戸期以前の堀跡 H10年調査)
 

笏谷石の石垣と排水施設
  (H12年調査)

 

笏谷石の石垣と排水施設
  (H12年調査)

 

柴田神社(公園内鳥居)

 

勝家の北ノ庄城石垣の根部分が
現場で見られるようになっている

  (上段は福井城新築で除かれた)
 

戻る


Copyright (c) 2002 H.Okuyama. All rights reserved.
本ページへの直接リンクはご遠慮下さい。必ずTOPページか新越前若狭城跡考一覧へリンクして下さい。.
 

SEO [PR] お金 ギフト  冷え対策 特産品 動画無料レンタルサーバー SEO