■■■ 越前・若狭(福井県内)の中・近世城跡の紹介■■■

噛山城跡 (やりかみやまじょう 福井県福井市清水町)
初期朝倉氏ゆかりの城
 

 福井市安居地区の市運動公園、聖苑(葬祭場)の南に隣接する標高116mの山に築かれた城である。旧清水町清水(現福井市)と福井市安田町の境界に当たる。志津川、日野川の河川に挟まれた地で、山頂(主郭)からの見晴らしは良い。


 「越前国城跡考」には「鎗噛山城跡 朝倉家 安居郷安田村ヨリ五町計南山上ニ五間四方計之所堀掻上形有 自福井一里半計」と記されている。


 日野川を下って北東2Kの位置に足羽七城のひとつである安居城があり、鎗噛山城の東隣が足高山城跡で、「安居渡ノ城」ともいわれていることを考慮すれば、鎗噛山城は南北朝期に越前守護斯波高経(北軍)と新田義貞(南軍)が戦った藤島の戦い(足羽七城の戦い)に関連して築城されされたと見るのが妥当であろう。
 往時は周りは深い湿田で、激しい攻防戦が展開されたと考えられる。

主郭からの眺望(安居城方面) 主郭に通じる尾根道


 この他の記録としては、貞治の政変後の朝倉氏と千秋安居一門との戦いがある。
貞治6(1367)年2月、朝倉氏はこの城を攻撃したが、戦いは激しいものとなり、牧野修理亮が朝倉氏景(大功)の面を鎗で突いた時、氏景はこれを噛み止め牧野を倒したとされる。
鎗噛山の名称もこれに由来すると考えられる。
 朝倉氏にとっては、忘れられない戦いで、永く記憶に残った城である。

 城跡には、山の南、清水町の八幡神社横から谷筋を登る。
 集落の中ほどに八幡神社と書かれた鳥居が見え、ここから参道を進んで行くと、奥にもう一つ鳥居があり、石段を登ると正面に神社がある。その西側の谷筋である。

 道は迷うことはないが、途中枯れ葉に埋もれ急角度で歩きにくい部分もある。10分弱ほどで尾根に出、そこから東へ200mほども進むと主郭に到達する。その直前の虎口部との間には浅い堀切が見られる。

 主郭は堀切を挟んで南北20m、東西はその倍程度の2つの曲輪で構成され、その東に一段下がったところに小さな郭跡も見られる。
 北側は急峻で山裾に堅堀もあるといわれるが、今回は確認していない。

 主郭の西側の一段高くなったところには「即位記念碑」が建立されている(大正4年11月)。
大正天皇の即位を記念して住民によって建立されたものである。

 尾根を西に向かうと標高50mの小高い「ガメ山」で、曲輪や竪堀の後が複数見られる。
 


地図はここです
 

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撮影2013年5月

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