幸若舞ゆかりの地を訪ねて (越前町西田中・敦賀市)

 越前を発祥の地とし、室町中期から戦国期、江戸初期に流行した曲舞に、桃井直詮(幼名幸若丸)を祖とする幸若舞(太鼓や小鼓に合わせて謡い、立烏帽子姿で舞う舞曲)がある。
現在は廃れたものの、織田信長が「人間五十年、化天(下天)の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を受け滅せぬ者の有るべきか」と謡う姿は時代劇などで見慣れているシーンである。幸若舞の代表作の一つ「敦盛」の一節である。
 今回はこの幸若舞の発祥の地に出かけてみた。

 その前に、幸若舞の祖とされる桃井直詮の出自について簡単に触れておきたい。普通は足利一門の有力氏族である桃井氏とされている。もちろん異論もあるが、ここでは 深入りせず、通説に従っておく。
 さて直詮の祖父といわれる桃井直常は、南北朝の内乱で活躍し、その勢力は越中・能登を中心として北国に広がった。一時若狭の守護職にも在った。足利尊氏と弟の直義が争った「観応の掾乱」では、直常は直義方に属していた。直義が捕えられ死去(毒殺?)すると直義方の勢力は崩壊し、直常も一旦は幕府に帰順するも、その後再び反幕府として北国において戦い続けた。しかし、越中守護職に斯波義将が再任され、桃井追討のため越中に下向したこともあり、幕府方の攻勢は強化、居城松倉城を落とされ、一族は各地に散ったとされる。

 桃井直詮は応永年間に越前の丹生郡(旧朝日町)に生まれた。越前は斯波氏の分国であり、滅亡後は意外と斯波氏の保護を受けていたのかもしれない。しかし、幼くして父が没したため、比叡山に上がり修行に励んだ。そこで容姿・音声ともにすぐれ、音曲で 評判を得たとされる。
 参内して後小松上皇に舞を披露、さらに後花園天皇からは「幸若舞太夫」の称号を受け評価を高めたとされる。将軍足利義政にも仕え、後に越前に戻り故郷丹生郡に居住し 、朝倉氏の保護を受け、文明12年に死去した。78才とも68才ともいわれている。
 子孫の幸若一族は、戦国時代には引き続き朝倉氏、さらに信長や各大名、江戸期に入っても徳川幕府保護を受けた。このため猿楽など他の芸とは別格扱いとなり、 次第にこの特別待遇に閉じこもり、「門外不出」一族内での一子相伝の芸とし発展の途を自ら閉ざした。結果、徳川幕府の崩壊とともにその命脈を絶たれ、現存しない「幻の芸」となってしまった。

 その幸若一族が居住したのが越前町(旧朝日町)の西田中地区。
幸若一族としては、直詮の長女の入婿の系統である幸若弥次郎家、長男の系統である幸若八郎九郎家、長男の分家の系統である幸若小八郎家が知られている。また小八郎家からはさらに敦賀に幸若五郎衛門家が分立している



 越前幸若一族の館は西田中地区の一角に相互に隣接して在り、現在の商工会館から西側、公園、社会福祉センターの一角及び道路を挟んでの反対側がその敷地跡にあたる。残念だが、現在館跡を偲ぶものは何も残されていない。館跡に隣接して「幸若音曲発祥の地」の碑が建立されているだけである。商工会館の横の道を入って行くと社会福祉センタの正面にでるが、その玄関の横手に建立されている。
 越前幸若の菩提寺は龍生寺で、これは現存している。元は旧朝日町の佐々生にあったが、現在は館跡付近の西田中に移転しており、一族の総墓と桃井直詮の墓が建立されている。また佐々生の旧龍生寺墓地跡には、幸若桃井家歴代の墓所跡が山裾の杉林の中に今も残されている。場所はちょっとわかりにくいが、関係者によって保存され、碑と解説板が立てられている。


←一族の総墓(右)と桃井直詮の墓(左)




↑佐々生の旧龍生寺墓地跡

 敦賀の分家は若狭街道沿いの三島に館を構え、その跡に築山泉水式の幸若遺跡庭園が遺されている。天理教越乃國大教会のところである。
 敦賀幸若分家の菩提寺は不明であるが、永建寺境内に墓地が残されていることが終戦後判明し、現存する。石積みで他の墓とは区切られて所在している。明治以降放置されていたためか、現在その墓所内に他家の墓が建立されている。
 邸宅の敷地近くにの霊山院には敦賀幸若家との深い関係を示す文書が残り、敦賀幸若家の位牌もここに残されている。墓所も霊山院に建立されるのが普通のように思われるが、何故か霊山院ではなく永建寺に在る。因みに永建寺には幸若との関係を示す資料は いまのところ発見されていない。それだけに何故墓所があるのか謎である。
 なお霊山院はあの国吉城主粟屋氏の菩提寺である徳賞寺の末にあたる。


▼永建寺境内に墓地

▼幸若遺跡庭園

▼霊山院

▼敦賀幸若一族位牌

 越前幸若舞は後を絶ったが、初代幸若の子弥次郎の弟子山本四郎左衛門が大頭流(だいがしらりゅう)をたて、これが天明7(1787)年に福岡県瀬高町大江地区に伝わり、地区の伝統芸能として現在も残っている。越前幸若舞を偲べる唯一の芸能である。
 

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(初出 「福井商工会議所報」Chamber 2008年8月号)加筆して、文体も変更しています
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撮影2008.07

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