明治繊維産業資料一覧


福井士族「織工会社」への
資金貸与

 
 明治10年4月、酒井功、村野近良、富田四方介、長谷部弘連らの士族14人は共同出資して毛矢町に長屋一棟を借りうけ、織機10台を備えて「織工会社」を開業した。
 社長は村野近良が努め、差配人緑川祐之進、織工教師には細井ジュンがなり、当初は綾織ハンカチーフと傘地を製織した。
 しかし、職工の未熟と機具等の不備により良品の製織は難しく、会社経営は不調であり、やがて、12年の経営陣の分裂へ発展し、村野らは退社した。

 この傾向はその後も改善されず、17年に士族授産資金を願出て資金の強化に乗り出すことになる。これが以下の資料である。

但し、4,000円の貸下げを許可された後もあいかわらず経営は苦しかったようである。とはいえ、「織工会社」 が葛巻包喬、戸枝フサらの起業へ繋がり、福井市街での絹織物業の発展に貢献したことも事実である

 
 
就産資本金拝借願
 
当福井士族就産発起人総代長谷部弘連外二名連署奉懇願候私共幸ヒニ明治ノ盛時二値ヒ聖恩ノ洪沢二浴シ以テ今日ノ安寧ヲ得候ハ、畢寛昭代ノ賜二出テ候義二有之候得ハ私共結合奮発シテ一大事業ヲ起シ大ハ以テ国産ノ繁殖ヲ図り小ハ以テ自治自活ノ途ヲ求メ度苦慮仕、遂二過ル明治十年一ノ会社ヲ結ヒ仏国製ノ機械ヲ買収シ本地物産ノ最タル奉書紬ヲ製出シ爾後刻苦黽勉工業ニ従事スト雖モ経験ノ浅陋ナルト営業ノ不熟ナルトニ因テ得失相償ハス一社殆ント潰頽ニ属セントスル衰運ニ陥リシモ幸ヒ五六ノ特志者アリテ毫モ其ノ心志ヲ屈撓セス奮然自ラ其精神ヲ鼓舞シテ品質ノ精良ヲ図リ又蝙蝠傘地・西洋形鼻拭等ヲモ併セテ織出セシカハ忽ニシテ社運ノ衰頑ヲ挽回シ漸次販路ヲ増張シ今日ニ至ルト雖トモ如何セン資金欠乏ノミナラス習慣ノ弊風有之、此儘二テハ前途確乎タル見込立チ難ク依テ遺憾ナカラ今般解社致シ更二闔郷無産ノ士族就産ノ為メ一ノ織工会社ヲ創立シ前解社ノ家屋諸器具等悉ク買入レ織機五十挺ヲ備へ専ラ製出ノ繁盛ヲ企図シ外ハ海外輸出ノ幾分ヲ増殖シ内ハ無産士族ヲシテ永遠自活ノ途ヲ与へ大平ノ民庶タル名二負カワラシメ度憂慮仕候就テハ茲ニ右会社ノ設立二要スル処ノ慨費ヲ積算スルニ殆ント八千円ノ巨額二上レリ而シテ今ヤ其資財ヲ募レトモ当時薄カノ士族到底四千円ノ外二出スル見込ナシ私共浅資鈍才他二之レヲ求ムルノ方策ナク進退維谷千億万慨ノ至リニ御座候仰キ願クハ閣下私共ノ衷情深ク洞察セラレ洪寛ノ御仁恤ヲ以テ、金四千円三ケ年無利足据置キ四ケ年目ヨリ向フ四ケ年々三分利付年賦還納都合七ケ年期ヲ以テ御貸与被成下度抵当ノ義ハ他二差出スヘキ相当物品所有無之二付前陳解社ノ家屋諸器具等買入レノ分則チ別冊ノ通り差出可申候、尤モ解社員一同モ協議相整ヒ承諾致候儀ニ有之候右金還納年期ハ精々短縮仕度候得共、別冊予算書ノ如クニシテ実際之レヲ縮ムルノ見込ミモ無之候条何卒出格ノ御詮議ヲ以テ至急其御筋へ御執達願旨ノ通就産資金御貸下被成下度方按書相添此段闔郷士族就産発起総代連署奉懇願候

以上
明治十七年七月二十五日
福井士族就産発起人拾名総代
        福井県足羽郡福井毛矢町百十番地士族
                      岩上岩三郎 印
               同 同町十九番地士族
                      富田 循良 印
               同 同町四十番地士族
                      長谷部弘連 印
県令代理
福井県少書記官  本部 泰 殿

 
 
九月三十日(明治十七年)
福井県士族長谷部弘連等織工会社設立二付起業資金貸与ヲ許ス、
 
農商務省稟告
 
福井県士族長谷部弘連等嚢二奮然一社ヲ起シ専ラ機業ニ従事センカ何レモ貧困ノ士族輩ニシテ資金二乏ク加之旧慣ノ久キ種々弊風ノアル有テ到底前途維持ノ見込難相立因テ一旦解社ノ上更二無産士族就産ノ為メ今般織工会社ヲ新設シ以テ各自力食自営ノ産業相立度トノ趣ニテ資金拝借願出候義二有之因テ勘考候処今ヤ士族ノ日二月二窮迫二赴クハ蓋シ各地同一ノ事情ナルヘシト雖モ就中福井住士族ノ如キハ殊二甚シクモシ今ニシテ之レニ産業ヲ与ヘサレハ終二名状スヘカラサルノ惨況ヲ可呈ハ必然ノ勢二有之候、就テハ此際彼等力請フ所ノ資金ヲ貸与シ以テ其計画ヲ達セシメ候様致度元来機業ハ該地方人民多少慣手ノ事業ニモ候得ハ、将来必ス盛大二可至ハ勿論亦其方法二於テモ敢テ不都合ノ廉無之候間、特別ノ詮議ヲ以テ願意聞届、金四千円無利子ニシテ其下渡ノ月ヨリ明治二十八年六月マテ置据、同年七月ヨリ向四ケ年賦毎歳五月限返納定ニテ、十七年度士族勧業資本金乙部ノ内ヨリ貸下申度、因テ別紙申牒書類写及指令案相添此段上申候也、十七年九月十日

追申 抵当品ノ儀ハ他二可差出相当ノ物品無之趣事情無余儀次第二相聞候間、追テ家屋機具等漸次成立スルニ随ヒ更二抵当トシテ取置候様致度、此段副申候也、

「上申ノ趣聞届候事、十七年九月三十日」

上申之趣聞届、金四千円無利子ニシテ其下渡ノ月ヨリ明治二十年六月マテ置据、同年七月ヨリ向四ケ年賦毎歳五月限返納定ヲ以テ可貸下候条、金額受取方尚可申出、追テ家屋機具等其成立スルニ随ヒ更二抵当トシテ其県へ取置品目写相添可届出事
 但事業ノ景況、資金ノ運用ハ毎年前半期ヲ其年七月後半期ヲ翌年一月詳細取調可届出事
 
 年 月 日             農商務卿


 

一覧に戻る

SEO [PR] お金 ギフト  冷え対策 特産品 動画無料レンタルサーバー SEO