山岡次郎 (職員録に見る)

【明治19年】
文部省(東京大学教官、東京職工学校創設)と農商務省を兼務していた山岡次郎は明治18年12月28日、永年住み慣れた文部省を退任し、念願であった殖産振興に向け農商務省専任となる。明治19年2月19日農商務省権少技長に改めて就任し、前年自ら創設した「大日本織物協会」の会報(隔月刊行)を発行し、染色の普及啓蒙に乗り出す。

その明治19年当時、農商務省時代の職員録である。

【明治37年】
明治中期、染織の元勲に相応しい事績を残した山岡次郎であるが、最後は織物の輸出振興業務に従事する。大蔵省鑑定官が最後の仕事であった。没年時の大蔵省の職員録である。

 

 

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