織の駆者達
 

 

山岡次郎(やまおかじろう 明治の化学者、技官)

 嘉永3年9月、越前福井藩士の家に生まれる。文久3年江戸に出て英学修業、慶応元年より長崎で英学修業、慶応3年7月帰福し、藩校明道館で英学句読師、後に洋学教授方となる。
明治3年、東京の大学南校に移り、翌年福井藩推薦留学生として米国に派遣され、ツロイン州大学に学し、化学及び染色法を修める。明治8年6月、帰国し直ちに文部省督学局に採用。
東京開成学校ついで東京大学で化学を教える。明治14年4月に農商務省発足に伴い農商務省御用掛を兼務する。

主な事績

東京大学時代に舎密関係の仲間とともに「化学会」(現日本化学会)創立。
東京大学理学部在籍のまま東京職工学校(現東京工業大学)校長事務取扱として学校創立に携わり、学科課程、学校規則を制定。また手島精一とともに東京教育博物館の強化に努める。

明治18年4月の農商務省「繭・生糸・織物・陶器・漆器共進会」で濃商務省技師として審査委員など主導的役割を果たす。また、染色技術の不十分さを指摘し「大日本織物協会」を創立。

この後、織物や染織の技術向上に向けて「足利織物講習所」(現足利工業高校)、桐生「織物講習所」、八王子「織物染色講習所」(現八王子工業高校)を設立。

明治21年には官吏を退いて佐羽喜六とともに明治期を代表する織物工場「日本織物会社」を創設して工務長として入社し指導にあたる。

退社後は再び官吏に戻り、没するまで横浜税関鑑定官、大蔵省鑑定官として輸出織物の鑑査職として、輸出織物の欠点改善に務めるなど染織の振興に多大な功績があった。

しかし、残念ながら、今彼の事績を知るものは殆どいない。

フランスよりシュヴァリエー・ド・ロルドル ナショナル・ラ・レジョン・ドノール勲章受賞(明治33年)
清国皇帝より第二等第三隻龍星受賞(明治37年)

明治38年2月21日没(56才) 従五位勲四等瑞宝章

特報:嗚呼 染織の元勲、山岡次郎氏逝く!
長年にわたり染織業界を指導してきた山岡次郎氏が
2月21日飯田橋の自宅で急逝しました!

 

主な著書
「初学染色法」(「木綿染の部」「絹染の部」「染料薬品」全三冊)
「染色集宝」
「印度貿易論」、「金属談義」、「満州事情」

 

歴史から消し去られた事績を掘り起こすため
「染織の元勲−山岡次郎の全仕事」を今後作成予定です
(時間がかかると予想されますがお待ち下さい)

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