| 歴史のみえる風景 | |
| ■■■福井市内にみられる 古代・中世・近世・明治・大正期の残照■■■ | |
ふるさと福井は、古代より「越の国」として栄えていたため、歴史的に由緒ある場所や風景が少なくない。 また江戸時代は、越前松平家の城下町として北ノ庄城(福井城)がおかれるなど、城下町として、全国でも誇りうる有数の歴史が薫る都市であっ た。
戦災及び震災という二度の災害により、その遺産の多くが失われ、往時をしのばせる街の面影・遺構はあまり残されていない。
それでも日頃なにげなく通り過ぎている所が、実は大変な歴史的由来を持つ場所であったりする。そんなところが本当に多い。
これらを「ふくい歴史の見える風景」と題して、紹介していきます。
- 岩佐又兵衛墓 (いわさまたべいはか 福井市松本三丁目)New
浮世絵の祖ともいわれる天才絵師の墓)
- 芭蕉宿泊地・洞哉宅(とうさいたくあと 福井市左内町)New
芭蕉「奥の細道」ゆかりの地
- 新田塚 (にったづか 福井市新田塚町)
新田義貞戦没伝承地(灯明寺畷)
- 禅林寺 (ぜんりんじ 福井市徳尾町)
越前で客死した戦国期随一の学者清原宣賢が眠 る地
- 運正寺 (うんしょうじ 福井市足羽一丁目)
福井藩初代結城秀康菩提所
- 通安寺 (つうあんじ 福井市西木田四丁目)
福井藩家老狛氏菩提寺
- 足羽山天魔ヶ池 (あすわやまてんまがいけ 福井市足羽山)
秀吉の北ノ庄城攻撃本陣跡
- 葦と月の名所・花堂玉江 (はなんどうたまえ 福井市花堂)
親鸞、芭蕉ゆかりの名所
- 丹羽長秀墓所 (にわながひでぼしょ 福井市つくも二丁目)
秀吉時代の北ノ庄城主
- 橋本左内生家跡 (はしもとさないせいかあと 福井市春山二丁目)
幕末福井藩の開明派志士
- 泰澄寺 (たいちょうじ 福井市三十八社町)
「越の大徳」泰澄生誕地
- 福井商工会議所発祥の地 (ふくいしょうこうかいぎしょ 福井市中央三丁目)
明治福井人の気概と殖産興業の拠点
- 杉田定一生家跡 (すぎたていいちせいかあと 福井市波寄町)
豪農出身の民権運動家出生の地
- 川上神社 (かわかみじんじゃ 福井市志比口)
芝原用水の守護神
- 千畳敷・大安禅寺 (せんじょうじき・だいあんぜんじ 福井市田ノ谷)
福井藩松平家歴代廟所
- 朝倉街道跡 (あさくらかいどうあと 福井市鹿俣、東大味)
今も残る石畳の道
- 永昌寺 (えいしょうじ 福井市東郷二ヶ町)
朝倉宗滴・桂室永昌ゆかりの寺院
- 岡倉天心ゆかりの地 (おかくらてんしん 福井市/横浜市)
福井市郷家跡、横浜市生誕の地
- 西光寺跡 (さいこうじうあと 福井市次郎丸町)
真盛上人ゆかりの大寺
- 堀町と長慶寺(堀秀政墓) (ほりまち 福井市西木田三丁目)
秀吉臣堀秀政居館跡と墓
- 世直神社(よなおりじんじゃ 福井市みのり一丁目)
福井藩重臣鈴木主税を祀った神社
- 明新館・福井中学跡 (めいしんかん・ふくいちゅうがく 福井市大手三丁目四)
福井藩藩校とその流れを汲む福井中学の跡
- 三秀園跡(さんしゅうえんあと 福井市照手三丁目)
福井県物産館が置かれた福井藩家老邸宅跡
- 瑞源寺(ずいげんじ 福井市足羽五丁目)
松平家ゆかりで唯一の福井城遺構現存
- 丹巌堂(たんがんどう 福井市加茂河原一丁目)
笏谷石、幕末志士ゆかりの地
- 宿布発電所跡と遺構 (しゅくぬのはつでんしょ 福井市宿布町)
北陸初の水力発電所遺跡、福井土木建設業ゆかりの場所
- 藁屋跡(わらやあと 福井市照手二丁目)
橘曙覧と堀名銀山
- 細井順子顕彰碑(ほそいじゅんこひ 福井市足羽山愛宕坂)
織物王国福井の礎を築いた女性パイオニア
概要はこちらにも
- 朝六つ橋(あさむつはし 福井市浅水町)
中世の名橋、北陸道と美濃道の分岐点
- 明治天皇浅水御小休所 (福井市浅水町)
今も残る明治帝巡幸の休憩所(池田氏宅)
- 舟橋近辺(ふなばし 福井市舟橋)
柴田勝家架橋の旧北陸道の要所
- 加賀口御門跡(かがくちごもんあと 福井市松本二丁目)
旧北陸道の名残、福井城下の北の備え
- 平岡山(ひらおかやま 福井市四ツ井二丁目)
福井城下の鬼門除け
- 赤坂町(あかさかまち、福井市月見二丁目)
戦災と震災で消失した旧北陸道の面影を残す数少ない場所
- 莨屋旅館跡・旧山町(たばこやりょかんあと、現照手一丁目)
あの坂本龍馬が暗殺直前に由利公正と会談した場所
- 三の丸−明道館跡(めいどうかんあと 現大手二丁目)
福井藩の藩校で橋本佐内や横井小楠が教えた場所
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